2015年4月8日水曜日

2015年3月26日木曜日

すってぇ はいてぇ


いつのまにか春に肩を抱かれ。
いつのまにか求めた癒しから
こんな子が誕生しました。

ほよよぐちの ネムネムです。
春だからね、まだ眠いんだ。

この頃は 気が張って、
息の仕方が分からなくなる。
ため息ばかりついて どうにか
安定しようとする。浅い呼吸。

新しいところに行くような
元に戻って行くような。

息を吐かねば 次の息は吸えないから
ま、これでいっか。

2015年2月20日金曜日

部屋が鳴る


年明け。二世帯住宅の親戚の家で祝酒を交わし ひと賑わいすると、じーちゃんが居た一階の部屋へ とぼとぼ 降りて行った。どうしても一人になりたくなるのだ。考え事をしたくなるのだ。整理された 死んだじーちゃんの部屋のベッドに ボムッと身を投げる。

二階で皆と一緒に過ごしている ばぁちゃんは、今は施設暮らしなので、ここ一年くらい 人の気配はあまりなかったと思われる一階。

ベッドへ身投げし、ふ〜ぅ…。と溜息をつくと、この一間が静かすぎるのに気がついた。部屋中が 音をすっかり吸い取ってしまい、まるで真空状態だ。床も壁も天井も内側に向けて窮屈に鳴いているようだった。

不思議な気分。耳鳴りがする。常に 音で溢れる土地に 身を置いていることや、閑静な夜路も 足を止めずに歩いているのだと気づかされた。〈静寂〉とはこれかぁ と思いつつ、隣にじーちゃん来てたかも。とも思う。

いま悩みごとがある。一人でゆっくり考えたい。考えるのは、自分でも気付かぬうちに だいたい決めている応え を確認するため。隣にじーちゃんが居てくれたら ヒントをくれるかも とも思う。

仕事中も電車でも 思い詰めて 苛立たしくなるが、みっともないので抑える。それの繰り返し。あの部屋と一緒。苛立ちが 頭の中で窮屈そうに 鳴いている。殺気立つというか…そういう静けさってすごい力だ。

2015年2月16日月曜日

テレポートできる



窓を開けておくのが好き。
どんなに寒くても 空気を入れたがる。

夜の帰路、風が吹くと 本当に顔がピリピリと痛む。だけど、王蟲がナウシカを包んだように「風が触れてるなぁ」と思うと官能的でさえある。すごく安心感がある。ぜひやってみて下さい。

風は本当に様々な記憶と結びつく。そういう存在と知ってから、ますます「感度」をあげるよう努めている。2年前、山奥で働いた土地を離れるとき。土やその周辺を 都会でも思い出せるようにと、一番好きな場所で全神経を集中させた。だから都心に居ても目を閉じれば神経はテレポートできる。細部ではなく全体に戻れる。


今週、修繕工事で 我が家はマンション丸ごと網の中に入る。窓をあけても騒音やペンキの匂いが流れ込むばかりになるのだ。残念だけど、こればっかりは仕方あるまぁ。工事の間はできるだけ外へ行き、好きな土地を増やそう。

2015年2月4日水曜日

チマチマつなげて一人



なんだか 落ち着かない。

後藤健二さんの、伝えようとしていた姿勢 を知って「わたし 自分の内側から外に向かうこと怠っているな」と思った。チマチマ発して チマチマ反応があって。それで嬉しいけど、その筈だけど、このピンとこない感じは そうじゃないってことだ。

身体中、怒りと哀の粒子が走りまわる〈チマチマ〉ゆえ〈チマチマ〉する。人の所為にする、自分の所為にする。それは違うってこと、そういうことを考える 大事な時間を、気がつくとカットしている。「のびのび生きるんだ、難しいことは忘れて良し。」と思っている怠け者

大声で世の中に物申すより、近くのひとをツンツンつついて〈ねぇ こんなのあるよ。こうすると君に似合うね。でもこうすると変だね〉〈へ?僕これ似合うの?あらそう?こうすると そうだな、こっちは君に似合うみたい。〉という…そんな、小さくても刺激性のある〈作用〉でありたい。

後藤さんだってチマチマを長く繋げて出来た一人。殺害を実行したイスラム国の人間だって、正しいと思ったチマチマを繋げて出来た今の一人なんだ。そう考えると私のチマチマ真義は揺らぐ。個人とは なんと怖いものだろう。それでも この子らがたくさん泳いで届くように、流れをつくらねば 。じいちゃんが死んだ時もそうだったけれど、亡くしてから気づかされる事は沢山ある。

薬と一緒。私が〈作用〉する人や物事は 全てじゃない。大半が互いにハズレくじ。じゃぁ生きてる間によ、できるだけ作用する人を見極めてくじを引いてもらおう、引かせてもらおう。

イスラム国は憎しみを原動力にして 一体どんなところに腰をおろすのだろう。赤信号を手繋ぎで渡るグループは無理でも、銃やナイフを突きつけてくる〈個人〉になら 命をかけてようやく一つ、なにか遺せる気もする。書きつつ「命がけ」には賛成出来ないな とも思う。仲間・繋がりの包容力って善悪の紙一重なんだなぁ。





2015年1月24日土曜日

パン・チャージ


先輩のお宅へ嬉しいお呼ばれ。

焼きたての手作りパンとチキングリル、バジルソースのサラダでお出迎え、なんたる しあわせ〜!


通い始めた パン教室用に買ったという 新品のノートに表紙絵を描かせてくれました◎ 高校生のじゃれあいとはちがう「絵を描いて」というご依頼(=仕事ではなく、ちょっと生活に彩りを足すこと)ってあまり無かったので、すごく嬉しかった!人前で絵を描くのは多少 力むものですが、不思議とスラスラ〜と鉛筆が進みました。いつも音楽をかけて作業をするので、その波長が合っていたのかも知れません。ジャズなんぞかけちゃって、雰囲気に酔える 素敵な午後でした。


パンもブローチも絵も試行錯誤の繰り返し。新しい手法も考案中です。まだ 挫けないぞー!



2015年1月13日火曜日

ものずき


先日、骨董市に オオカミ・ブローチ(下 写真)を着けて行ったら、お店や通りすがりの方々が目に留めてくれて。こういう「ものずき」な人が集まる所が 私の居場所なんだと、それを実感できて とても嬉しく思いました。

このブローチは 陶土の初期作品で〈お護り〉として創ったものです。それから2年 独学(というより感覚)でブローチを創り続け、キレイに仕上げる力がつきました。ゆえにか 何故だか今は〈いびつさ〉が出せなくなってしまった。どうしてかしら。もっともっと表情のあるものを創り続けたら、味わい深いものが出来るかも。基礎を知らずに始めたんだから これで順調なのだ。

嬉しくなって久しぶりに濃いものを創っています(上 写真)。最近はお花など万人受けするものを創っていたから、時間が掛かっても個性のあるものを。「買いたい」と価値を見いだしてくれる人が居るのならそれに応えていきたいです。